IN THE WORKS No.002

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家具工房ラフト

光武 卓司 / 家具工房ラフト
1974年1月 福岡生まれ
大阪府和泉市に工房を構える「家具工房ラフト」代表、家具職人。オーダーを中心に、無垢材を用いた家具を手作りで製作する。
各地のクラフトマーケットやハンドメイドマルシェなどにも出店中。
website http://lafto.net/


そこにある、という境界線。

光武さんの作る家具は、線がキレイだ。

硬いペンを使って定規で線を引いたような、そんな存在感がある。そもそも木工家具は図面で定規を使うだろうし、きちんと作らなければ収まらないようなものなのだけど、ここで言う「線」は作業としての線ではなく「物がそこにある」という輪郭の線。とにかくその佇まいは凛としていて、なんとも男前なのである。

初めてお会いしたのは大阪の某ハンドメイドマーケットだった。
ちょうどその頃S&CRAFT STOREで木工製品を作ろうとしていて職人さんを探していたところ、「ほっこり、かわいい」木工製品が並ぶ中、家具工房ラフトのブースだけは違った。
職人としての仕事が見事に反映された「きっちり、しっかり」が並んでいた。

本職を目の前にして緊張しつつも思い切って話しかけると、ご夫婦ともに穏やかで控えめな人柄で、僕の唐突な話にも丁寧に応じてくださった。

職業だからこそ、張り合える。

「とにかく仕事は“きっちり”やりたい」と話す光武さんの前職は内装会社の営業マン。

しかしながら、何かひとつ腰を据えて取り組む仕事に就きたいという思いから、家具職人への道へ飛び込んだ。日曜大工が趣味でもなく、木工家具職人に憧れていたわけでもなく、「職業の選択肢として」家具職人を選んだのである。職業訓練校で基礎を学び、家具工房での修行も経験したのち、独立して工房を構えた。

「憧れや傲りがなかったから、ここまでやってこれたのかもしれない」と話す光武さんは単純な作業であれ淡々とこなす。家具職人の中には「作品」を生み出そうと製作される方が少なくない中、光武さんは「製品」を製作することにやりがいを感じるのだそう。

デザインやアートの部分ではなく、あくまでお客様の注文を忠実に製品に落とし込むこと。自分の中からひねり出すのではなく、お客様のイメージを具体的な形にすること。そうすることで、愛着を持って日々大切に使って頂ける。それを第一に望んでいるのだ。

「結局は自分が使うわけではない」と言い切るその姿勢が、あの線を生むのではないだろうか。

“じゃまくさがり”の整理術。

各工程を丁寧にこなすことや工具などの定位置管理は「後々、面倒なことになるから」なのだそうで、自身のことは「じゃまくさがり」と話す。

ズボラしてると最終的に面倒なことになるから、目の前の一つずつを的確にこなしておくのだそう。作業に関係のないものが置いてあったり工具を探す手間があったりと、仕事の流れが止まるのが何よりも苦痛なのだそうで、それを回避するための整理整頓は欠かさないのだそうだ。

また、あれだけの家具を製作されるのだから、さぞかし器用なのだろうと質問をぶつけてみると意外にも「不器用ですよ(笑)」との答えが。手先の器用さに関わらず、やるべき工程と作業を丁寧にきっちり積み重ねれば製品は出来上がるのだそうで、逆にその場のノリや勢いだけでは仕事にならないという。

暮らしに寄り添う仕事がある。

基本的には「休まず」仕事をしているのだそうで、用事やお誘いがあればその時に応じて作業の段取りを変えるのだそう。定休日もなく、「家でゴロゴロしているのは苦手」と話す光武さんの気分転換は車の運転。

各地のクラフトマーケットに出店する際も車での移動なのだそうで、遠出も全く苦にならないとのこと。
地方の展示会やマーケットで知り合ったお客様も多く、その繋がりからの注文も多いそうだ。

販売店舗を持たずオーダー中心で、定番商品のラインナップもない中、定休日がないくらいに注文が繋がっているのは、光武さんの家具製作におけるスタンスや哲学、ほとんどの場合お客様に直接届けるスタイルがそうさせるのではないだろうか。「自分の仕事が、直接お客様の生活に繋がっている」と話す光武さんの家具は、徹底的に相手を想定した緻密な仕事の集大成なのだ。

量産体制や卸販売では到底できない、人と人との顔が見える繋がりの間にぬくもりと手仕事が詰まった木工家具が凛と佇んでいるのである。あの線の美しさは、作り手の気持ちの強さなのかもしれない。


【編集後記】
「職人」というと“好きが高じて”といったイメージを持っていたんだけど、職業選択として光武さんは木工家具職人を選んだわけです。話していて思ったのは、「好きすぎない」からこそ「好きすぎる人の要望」を受け入れることができるのではないかということ。0を1にできる素晴らしさもあるんだろうけど、1を10にまで仕上げる技術もまた素晴らしいのだと。光武さんは僕と同じ豊中育ちで隣の中学だったということも判明(笑)。共通の知り合いがいたりと、初対面での話しやすさはここにもあったのかと妙に納得したのです。

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