アートとデザインの境目


 

人によっても解釈が違うので、あくまで僕の感覚ですけどね。

 

よく、「いつも楽しそうですよね」とか「悩みとかストレスとかないでしょ」とか言われます。

そういう時って、「そんなこともないんですけどねぇ〜」って返すんですよ。

 

で、同時に、”よし、ズレてないな“って。

 

 

それは何かって言うと。

「自分の見せ方」と、「自分の見られ方」が近いところにあるっていうこと。

 

いつも楽しそうで、悩みとかなさそうで、器用で、温厚で、、、っていうのは、僕という人間の切り口の見せ方を僕自身がかなりコントロールしているってことなんですね。

こう見られたい、こう見られていたほうがうまくいくとか、こういう風に見せたほうが幅が広がるとか。

 

わかりやすく言えば、一人称を「俺」ではなく「僕」というのもそうだし、文体や口調も含めて僕は僕を「デザイン」しています。

相手(受け手)にどう伝わるか?を見越して、立ち回る。

これ、かなり大事だなと。

 

もちろん、全部がそうじゃないですよ。

気を抜いてる時とかひとりの時なんて、ただのくたびれ小僧ですから(笑)。

 

 

昔読んだ本に「誰かといる時はテレビカメラが回ってると思って動け。相手だけじゃなく、テレビの前の視聴者も意識しろ。」みたいなことが書いてあって。

ようするに「相手から見た自分」、「自分の今の状況を離れた所からカメラモニターで確認してるディレクターの自分がもう一人いる」って感じです。

 

「アイデアがポンポン出る」みたいなことも言われますが、「アイデアがポンポン出る自分」をデザインするために、毎日死ぬほどメモってます。(笑)

手帳がなくなったらただの凡人ですよ。

 

 

デザイナーのデザインしたものって、基本的には見せる相手がいたり、どう見えるかを意識して作ってますよね。

ここへ投げて欲しいっていうミットの場所があって、そこに的確に投げ込んでる感じ。

ギャラも発生してたりもするし、クライアントあっての仕事です。

逆に、アーティストって、俺のボールを受けてみろ−!って思いっきり投げるイメージ。

 

「自分がやりたいのはコレです!」っていうアートと、

「みんなが思ってるのはコレですよね!」っていうデザイン。

 

主観と客観みたいな差があるんですよね。

どちらが良いとかいう話じゃないし、それぞれに使い分けるのが良いし、その時に求められるものも違うからね。

 

アートとデザインの差って、僕はそこかなぁと思ってます。

趣味と仕事の境目もそれに近いかも。

 

 

僕自身は断然、デザイン派で。

自分の立ち回りも、店の経営や運営もそうだし、豊中こどもれもねいどの方向性もそう。

自分の「あーしたい、こーしたい」だけじゃなくって、僕以外の人の「こうであってほしい」を先回りして察知して、「みなさんが思ってはるのって、ようするにこういうことですよね!」っていうのを形にしたい。

 

そのほうが「みんなのもの」になるから。

このあたりの詳しいことは、8月6日に尼崎で開催される“みんなのサマーセミナー”「喫茶店から考える、公と個の関係性」でお話しします☆

 

 

でもまぁ。

「良い意味で裏切る」って言葉もありますからね(笑)

ふっふっふ。

 

 

こどもれもねいど、今年の目玉が一段落。

このあたりも今、コントロールしながらデザインしてます。

今年は賑やかになりそうです。