僕はあきらめない。


去年の今頃、「こどもたちによる苗木の植樹はレモンに限らずどこでもやってるしなー」と考えてて。

コンテンツを広げていくには「受動的な参加者」ではなく、「能動的な参加者」じゃなきゃいけないと思ったんですよね。

ようするに、「お金を払ってサービスを受ける側」ではなくて「関わり働きかけて価値を生み出していく側」を増やしていかないと、市民活動とは呼べないし公共性も高まっていかない。

USJのハロウィンなんて、参加者がお金を払ってコンテンツを作ってますからね。

ああいうノリなんだよな、今は。

 

そこで「じゃあ、植樹の前って何やろう?」ってなって、「…土づくりだな。」と行き着いたんだけど。

ということは、「土じゃない場所(現状畑ではない場所)」を探さなくちゃいけないわけで。

 

「明日からでも植えちゃってよ!」じゃなくて、「えっ…、、、ど、どうすんの、、これ?」ってやつ。

それがコレ↓やったわけです。

 

この休耕地を、完全に素人たちがこの半年間、せっかくの日曜日にせっせとお金と時間を使いまくって。(笑)

 

そしてもうひとつ。

畑を「農家さんの職場(野菜の生産場所)」だけではなく、「僕たちの思い出の場所」としてデザインすること。

 

学生時代に一生懸命働いていたバイト先がいつの間にかなくなっちゃっていたり、せっせと通った小学校が廃校になったりする時、「残念だな、寂しいな。」という気持ちになるじゃないですか。

あれって、現在はそれが何の影響もないのに、人はやっぱり「思い出が欠けていく」ことに敏感なんですよね。

 

そう考えると、僕たちは市内農業や畑に思い出がなさすぎる。

接点を増やす、情報を流す、双方を行き来することから始めないとなぁと。

地産地消やローカリゼーション、地域創生やフードロス、そういった時代の流れや価値観も豊中には十分にあると思いました。

 

農家さんが言ってはった「ガキの頃から遊んだ山やから思い入れがある。マンションが儲かるからって言ってもな。」という感覚を今の子供たちが持てば、「豊中こどもれもねいど」は宅地化や後継者不足などの課題解決の一端になるのではないかと考えたのです。

 

 

能動的な参加者たちの行動言動がコンテンツそのものを作り、それを発信することで双方が繋がる。

情報の時代に情報で優位に立とうと思えば「盛る」ことも大切です。

 

 

オカレモンの被り物をネタではなく、こんなに効果的かつ実用的に使ってる人もなかなかいないでしょう(笑)

 

そんなこんなで活動していると、喋る機会を頂けたりもしました。

 

今月と来年1月と2月も、話す機会を頂きました。

市内農家の方もたくさん知り合えたし、市民活動をされている方、市内市外の楽しい人面白い人、こどもれもねいどファンクラブの方々や学生スタッフや気にかけてくれている方々。

「レモンを生産する」ということではなく、「豊中こどもれもねいど」が中心にあるコミュニティが生まれたように思います。

 

 

そんな中、農地がマンションになるのではなく、「マンションを農地に戻す」ような動きに出会いました。

曽根にある「サンライズフレア」というマンションです。

 

カーシェアが増え車を持たない人が増えたが故に駐車場が空くことが多く、その活用法として、また住民や地域のコミュニティ農園としての機能を持ったマンションです。

縁があって、今月から管理人として住んでいます。

 

農園管理は「みんなのうえん」さん、物件管理は「アルプスホーム」さん、市内の情報発信を僕が。

既存の住宅流通ではなく、今の時代に合わせたデザインで仕掛けるマンション経営。

オーナーさんも含め4者で話し合い、これから発信していきます。

こういったモデルケースを示し、「食う寝るだけが生活ではない」というところに持っていけたらなと。

「農」は人を繋ぎますよね、農耕民族だもん僕らは。

 

 

 

いよいよレモンが旬を迎え、今年の区切りとして12月3日(日)に「れもフェス」を開催します。今日(土曜日)はその準備。

服部のれもねいどオフィシャルショップでもある「バイクショップFINE」さんに1トントラックを借り、荷物を詰め込み畑へ。

 

半年間、本やYoutubeで勉強しながら行動し、周りにヤイヤイ言われながらも仮説&検証の連続でした。

うまくいかなかったことやできなかったこともあるけど、半年間の検証ができるような気がしてワクワクしています。

ちょっと前に「想いが形になる日」という記事を書きましたが、今、そんな気持ちです。

 

 

とにかく、「あきらめないこと」。

あきらめた顔をしないこと、あきらめた空気を出さないこと。

 

こども達に見せないこと。

 

 

僕たち大人は子供のように(というかそれ以上に)、「どこまでだっていけるんだぜ!!!」という目を持たなきゃなと思うんです。

労働や経済や貨幣の概念のない子供たちはきっと、周りの大人たちを「眼差し」や「空気」や「背中」で見ているような気がします。

 

大人の事情はさておき、それを悟られずに「パフォーマンス」をすること。

インフラも物も情報もある程度出揃っている僕らの社会で、僕らがこども達に用意しなきゃいけないのは「未来」です。

 

障害物があろうが風が強かろうが、それを乗り越えていける前例を作り、背中を見せる。

閉塞や絶望ではない、光の差す景色を見せる。

 

物やお金があっても未来が見えなきゃ進めないですよね。

逆に、未来が見えていれば物やお金がなくっても前へ進めるはずです。

かつてがそうであったように。

 

 

 

 

12月3日、日曜日。

みんなで作った未来を見に行ってきます。

 


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