さー、何度も言ってますが、今週日曜日(8/6)は尼崎の高校で先生やりますー!!
「みんなのサマーセミナー」っていうね、夏休みの高校を貸し切って学校ごっこをやっちゃおう!っていう企画。
まだ何にも手を付けてませんが、すげー楽しみ☆
前にもちらっと言いましたが、僕の授業テーマは。
【 喫茶店から考える、公と個の役割 】
なななんと、経営だとか、地域との関わりだとか、そんな真面目な話(笑)
専門的に勉強したわけでもないので、実体験に基づく漫談とでも思ってもらえたらと。
参加も無料なので、ぜひおこしやすー!
まー、その日は「豊中まつり」なんだけどさ(笑)
最近は地域創生塾だとか何やらの団体だとかでお話ししたり、こどもれもねいどの関係でたくさんの人とお会いする機会に恵まれてるんだけど。
ここんとこよく、「大学では何を勉強されていたのですか?」とか、「前職は何をされていたのですか?」と聞かれるんですよ。
でもでもでも。
僕の最終学歴は高卒で、就活も就職もしたことないし、バイトばっかやって24歳の時に店に入ったので、もう13年もお山の大将をやってるわけです。
ちなみに前職はライブハウスのスタッフです(笑)
高校に入って音楽を始めて、お金もいるしバイトも始めて。
そうやってやってると文武両道なんて僕にはできるはずもなく、バンドとバイトの2足のわらじになっちゃう。
もう、勉強が手に付かない(笑)
プロミュージシャンになるんだ!とか思っていたので、勉強だとかテストだとかの意義が見い出せないんですよね。
みんなが迷わず登っている階段の踊り場でパンクロックを踊り狂っているような少年でした。
きちんと練習して定期的にスタジオに入り、楽譜も勉強して、バイトに励み、音楽に勤しむ。
僕は僕で、自分が選んだ道を着実に登っていっただけの話なんだけど。
しかしまぁ、一応テストはやって来るわけで、進級もあるわけですよ。
モチベーションはないわけだし、どーしたもんかと考えに考えた結果、「カンニング」という手法を取り入れたわけです(笑)
それからというもの僕の成績は安定し、平均点50点くらいをキープしながらバンドとバイトに精を出す。
小さな文字を書けるように細いペンを買い、バイトで得たお金を設備投資にも回して。
カンペのクオリティなら右に出る者はいない、周囲からも一目置かれる存在にまでなりました(笑)
バイトも功績が認められ、時給も上がってそれがすごく嬉しかったのを覚えています。
750円が800円になっただけなんだけど。
そんな中、事件は起こりました。
その頃になると僕のカンペは他の追随を許さず、「問題用紙と同じ大きさのカンペ(B4)」という「テレビ局のADかっ!!」ってくらいの攻め方をしており、みんなが問題用紙4枚と解答用紙1枚なのに対して、僕は+αで6枚を重ね持って期末テストに挑んでました。
しかも、紙の色が違ってはすぐにバレてしまうので「前回のテストで使った問題用紙を流用する」というクオリティコントロールを実現していたのです。
そもそも50点くらいを取るためのものなので情報量もそんなにはないんだけど、普段の授業をまったく聞く耳持たず、譜面書いたり寝てたりしたので一字一句見ないと書けないわけで。
今になって思えば、後ろから見たら、相当変な動きだったんでしょうね。
みんなは頭の中から捻り出してるのに、僕なんて書き写してるような状態ですからね(笑)
ふと気づくと、担当の先生が僕の背後に立ち、僕に小声で言いました。
「おまえ…、、紙、多くないか??」
「…はい???」
そっからはこれまでのことが走馬灯のように流れ、僕はどこかしらの部屋に連行され、周囲の「うえしば終わったな…」的な空気に飲まれ、停学2週間という処置が施され、学年主任や担任や親に多大なる迷惑をかけながらもさらに拗らせてしまい(笑)
高校辞める辞めるの大合唱(ひとりなので大独唱)。
で、3者面談的なもので、僕の思ってることだとかを話したんですよね。
勉強や進学に意味を見いだせないこと、覚悟と責任を持って将来に挑みたいこと、テストの点数で誰に勝とうがバイトで誰かに感謝されることの方がよっぽど嬉しかったこと。
特に時給が50円上がったことは、勉強では味わったことのない快感でした。
そんなこんなで話し合いの末、「高校だけは(カンニングせず)卒業する」というところでコンセンサスを得まして、最低限の勉強をし、補講と追試に真面目に通い、最低の学年順位【369人中、369番】で卒業したのです。
ちなみに高3の学祭では体育館ステージ(学校主導)とは別に、ライブハウスを作りたい!というのを実行委員でもない僕が職員室でプレゼンし、貯めに貯めていた部費を40万円もこのためだけに使い、軽音楽部全員で視聴覚室をライブハウスに変えるという、こないだまで停学して拗ねてたカンニングボーイが大暴れするという偉業を成し遂げました(笑)
とにもかくにも、全員が同じ問題を解くテストの点数で優劣をつける競争には興味が持てず、全員で誰かに尽くしたり、全員でひとつのものを作り上げることが昔から好きです。
「おめでとう」よりも、「ありがとう」が好きです。
これからはきっと。
誰かと競い合って得る1万円よりも、誰かのために尽くして得る1万円、誰かと協力し合って得る1万円に価値が付いていくと思います。
評価経済や与信が進んでいくだろうし、1万円そのものの価値ではなく、それを得るに至るストーリーに価値が移行していくからです。
トップダウンではうまくいかず、輪や水平を作れる組織が強くなるはずです。
縦移動だけではなく、横移動できる人が残ります。
自分の夢を追求するのではなく、他人の夢に協力できる人。
自分の人生を他人のために使える人、他人の人生に関わっていける人。
競争ではなく、協力の時代です。
「公共」が、“周囲”の評価や善意や信用で成り立っているように、一個人においても公共性が大事になってくるんじゃないかと思っています。
そんな話をサマセミでします。
ぜひぜひ、お越しください~☆
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