●45歳の自分
若い頃からずっと、自分の少し先をイメージして生きてきたと思う。
「思う」というのは、そこまで強い意志や目標を持って日々過ごしていたわけじゃなく、「なんとなく知っておきたい」という気持ち。自分にめっちゃ興味ある人なので。
20代の頃から「3~5年先」単位で更新しているメモ。
「とりあえずあの角まで頑張って、その後の事は角を曲がってから考えよう!」をずっと繰り返している。
もちろん予測不可能なことはたくさんあるけど、5年経てば年も取るし子供も同じように大きくなる。
世の中の動きだって大きくは変わらないし(気候とか少子化とか)、自分自身だって突然変異的に変わることは稀だろう。
逆に言えば、多くの現実はイメージの範囲内だし、そこを超える時には何かしらのバイアスがかかるようになっている。
そんなわけで最近、43歳の時に書いた「45歳の自分」をあらためて見返している。
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●46歳になるんだよ、もうすぐ
ちょっと前までアラフォーとか言ってたのに、気がついたらもうアラフィフ。
これが60間近になるとアラシクとか言わずに急に「還暦」と言われる。
人生なんてテキトーなもんだ。笑
そんなこんなで振り返りと展望モードになるのはいつも誕生日前後。
50歳までの4年をどう生きてやろうかと夜な夜な作戦を練っている。
「45歳の自分」を見返すとけっこうな精度で実現しているようにも思うし、この10ヶ条を引き継ぎながら、「50歳ならでは」の年の功も盛り込んでいきたい。
そもそも根が真面目な人間なので(と信じている)、放っておくと堅実にまとまってしまう。
良くも悪くも現実的というか、冒険しそうでしないタイプなのだ。
20代の頃に「真面目な人がふざけると信用を落とすけど、ふざけた人が真面目にやると信用を得る」っていうなんとも理不尽な世の心理に気づいてしまい、なるべくヘラヘラ飄々と世を渡ってきたけど、最近は「人生ゲームが上手くなってる」気がする。
自分の機嫌も上手くとれるし、周りとも摩擦を生まない。
力量や器量に合わせて何事も取り組むし、評価を得る方法も心得ている。
簡単に言えば、「人生安打製造機」になってしまった。
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●「見せ場」は自分で作らなきゃ!
かと言って、バットを長く持って目を瞑ってフルスイング!みたいな年齢でもないし、天然でもない破天荒キャラなんて面白くもなんともない。
若い頃は先輩や上司が見せ場を作ってくれたし、わっしょい担がれていた時期もあったけれど。
さー、ここで心身ともに脂の乗った中年男子がどう立ち回るのか。
自分自身が演者であり、作家であり、ディレクターでプロデューサーでスポンサーでもある。
「セルフプロデュース」なんてペラい言葉ではなく、本当の意味で「どう生きるか」を問われている!
、、、なんてお堅く言ってると本当に「真面目か!」と突っ込まれそうなので、ほどほどに。笑
でもほんとに最近は、自分の物語を自分でペンを持って書き記している感覚がある。
自分では何ともならないことと、自分で何とかできることの分別もできるようになったし、そういう意味では諦めを受け入れつつ、希望に賭けている。
自分の裁量でできることに賭けるのが、自分の物語を生きるということなのだろうか。
もう少しゆっくりと時間をかけて、「50歳の自分」を書き記そう。
堅実な部分も大事にしつつ、はみ出したり、ずれたり、やきもきしたり。
失敗しないことが決まっているゲームなんて面白くない。
楽しめる範囲でその「揺れ」を楽しんで、人生を豊かなものにしたい。
安打製造機のような安心感を醸しつつ、あっと驚くプレイで観客を沸かせたい。
そしてその最前列で一番盛り上がっている観客は、他の誰でもない僕自身なのだから。
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●店主のラジオ『宇宙 日本 服部』
【250912】PDCAおじさんが語る、QOLの極めかた。
















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