自分らしく自由に、情熱と冗談を。

 

ここんとこちまちまと亜論茶論をいじってます。

「サブスクリプション シェアリビング&ワークスペース」って感じ。

 

まだ何とも。

どうしようかなって部分いっぱいあるし、とりあえずは自分が思うように精一杯やってみたい。

てなわけでイケア。

 

前に旅で行った福岡のホステルのリビングみたいになればいいなーと思ってる。

 

 

そんなプレ亜論茶論では昼夜を問わず友達が集まり何やら議論、相談&提案。

 

事業だったり活動だったりって、わりとひとりで考えがちだけれど。

「これどう思いますー??」とか、「こうしようと思ってるんですよね~」っていうのは日々あちこちに飛ばした方が良い。

 

特に同業や周辺じゃなくて、異業や無関係の人。

興味ない&知識ないからこそ言えることってあるんだし、だいたい商売ってそういうところに投げるじゃないですか。

マニアックな人たちで話していても、それはやっぱり談義にしかならないと思うんですよね。

 

喫茶店の店主同士が喫茶店の未来について話し合ったって、それは一般的に見たらマニアックな話で。

その会話に「お客さん」がいるかどうか?

ボールを受け取る相手がどう思うか?しかないですよね。

 

 

そんなわけで士農工商を飛び越え、あちこち飛び回ってます(笑)

日曜日の午前中は稲作クラブの稲刈り。市内某所にて。

 

がっつり関われたわけじゃないんだけど、種まきから苗取り、田植えと草取り、収穫とはざかけ。

何となく一連の作業に関われて良かった。

来月は脱穀。

 

 

 

いちどは機械に奪われていった作業を、また人間が喜んでやるって、こういう時代なんかなぁと実感。

AIに仕事が奪われる!!と叫んでみてもその流れは変わらないんだから、いっそのこと狩猟採集民族に戻ってみてはいいんじゃないか。

 

もしトラクターが機関車トーマスみたいに顔付いてて喋れたりしたら、鎌で稲刈ってる僕らを見て「なんでやねん!!!!」って突っ込んでることでしょうよ。

AIに理解できない唯一の部分はここなんじゃないかと思う。

 

 

 

 

その日の午後はサンライズフレア曽根に移動して、畑の芋掘り。

こちらも自分たちで苗から植えつけたさつま芋を掘り起こす。

 

 

この畑も前はマンションのアスファルトの駐車場。

その、もっともっともっと前は、小高い丘の原っぱだったはず。

 

そこを開発して、人が住み、マンションが建ち、アスファルトで舗装して。

でもそこをまた掘り返し、有機の土を入れて、さつま芋を植え、芋掘りをする。

時間や手間を短縮するために色んな技術や資材が生まれたわけだけれど、それによって余った時間を豊かに使おうとして、土いじりに時間と手間を使う。

 

もしトラクターが機関車トーマスみたいに顔付いてて喋れたりしたら、スコップと手で芋を掘り起こしている僕らを見て「どないやねん!!!!」って突っ込んでることでしょう。

AIの呆れ顔が目に浮かぶ。

 

 

 

月曜日は今月末に上野坂で八百屋をオープンされる「八百屋ネコハチ」牧さんと、江坂のサスティナブルレストラン「セカイノヘイワ」村田さん達と豊中農地巡礼。

僕の知る限りの農家さんや農地をあちこち案内。

 

田んぼの真ん中に線路が通り、竹やぶの真ん中に道路が通り、空港や高速道路ができて。

時代の正解を追いながらも点在する農地を、解説付きであちこち回る。

 

マンションとマンションの間ですくすく育つ野菜や、水路や蛍の話。

秋風に吹かれながら地産地消の仕組みの話や、持続可能な環境循環の話。

昔の竹やぶを想像しながら、自然と共存できる可能性を探る。

 

 

もしトラクターが機関車トーマスみたいに顔付いてて喋れたりしたら、耕作放棄地の活用法について議論してる僕らを見て「せやろがい!!!!」って突っ込んでることでしょうよ。

 

てゆーか、おった。

テレンス。

 

 

 

そんな豊中のせやろがいおじさん、AIには到底理解不能な人間の中の人間、ヒューマン オブ ヒューマン「ギタスナフェス」藤田さんとも着々と仕込み。

 

夜な夜な集まっては動画撮影したり、毎日のようにファイルやりとりしたり。

11月17日(土)服部緑地野外音楽堂「ギタスナフェス2018」も、あと1ヶ月弱。

 

 

 

事故を連発しながらもバリバリ引っぱっていく姿はもはや機関車トーマス。

 

そんなトーマスと一緒にあと1ヶ月を突っ走るギタスナフェス実行委員会!!!

 

 

この数年は店を飛び出してあちこちで色々な関わりを持って、よく思うんですよね。

 

 

やっぱり、こう。

商売にしろ事業にしろ活動にしろ。

機械やシステムに任せてしまって、「何も考えずにうまくいくこと」も必要なんだろうけれど。

 

 

みんなで寄り集まって、共に悩み、共に考えたり。

仮説を立てて実行して、検証して喜びを分かち合ったり。

 

 

「誰がやっても同じ結果が出る仕組み」と同じくらい、「誰がやってもちょっとずつ違う結果が出る仕組み」も大事だなぁと思うんです。

長い目で見たり、遠く離れた視点で見てみると、そっちのほうが多様で面白く、豊かであるような気もする。

 

 

 

「生産」と「営み」は似て非なるもの。

 

僕はやっぱり、情熱と冗談が絶妙なバランスで共存する世界に憧れるんです。

 

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